バンコクに一生住む?

タイでの生活やタイ旅行がより楽しくなるための情報を!

タイ人と行く福岡旅行が中止になった話

time 2016/04/19

今日は仕事が早く終わったので、彼女とご飯を食べることに。仕事が終わってから彼女のオフィスまで迎えに行きました。
なんて、そんな話を始める前に、1つショックな出来事が。
実は来月の頭から、彼女と彼女のお母さん、そして妹2人と僕の5人で、福岡へ旅行することになっていました。だいぶ前から航空券も手配していて、湯布院の旅館で1泊、後は、Airbnbで泊まるところも確保して準備万端でした。といっても準備したのは全て彼女ですけどね。
それが、今日、正式に中止にすることにしました。理由は地震。まあ理由が理由だけに仕方ないし、なにせタイ人は地震に対する免疫もないし。っていうか今回の地震は日本人だって怖いし。まあ仕方ないです。まあ旅行はいつでも行けるし、こればっかりはどうしようもないです。

それより現地で被災されている方たちが早く元の生活に戻れることを、バンコクから心よりお祈りしています。5年前の東日本大震災の時、僕は東京で働いていました。その時は職場から自宅まで歩いて帰りました。といっても僕は歩いて1時間くらいで済んだからまだマシな方でした。その地震の1か月後、僕は茨城県の土浦というところに転勤が決まっていました。土浦は、東京よりも被害が大きく、僕が実際に赴任した時も、まだ会社が入っているビルの壁にひびが入っていたり、エアコンが垂れ下がっていたりしました。
余震もまだまだありました。会社が借りてくれたアパートに引っ越しした当日も震度5の地震があり、これから先、どうなっちゃうんだろうかと少しだけ悲観的になったりしました。それでもそこで生活し、少しずつ街も元に戻ってきて(といっても初めて住んだ土地なので、元の状態かどうかなんてわからないですけどね)、普通の生活が送れるようになりました。

土浦には1年住んだ後、東京の本社に戻ることになったので、離れることになりました。初めのうちは見知らぬ土地に1人で住んで、周りには全く知り合いがいないという環境で少し寂しいと思うこともありましたが、幸い環境適応能力は高いほうなので、すぐにその生活にも慣れ、初めての土地に住むという楽しさ、ドキドキ感、新鮮さを楽しめるようになりました。ちなみに会社は市街から離れた場所にあって、電車やバスでは通勤できなかったので、原付で通勤していました。というのも僕は車の免許を持っていなかったのです。というか原付の免許すら持っていなかったのです。そのため、この転勤が決まってから、原付の免許を取りに行ったのでした。そして原付は会社が買ってくれました。当時、土浦の事業所があまりうまくいっておらず、そこを立て直すために転勤することになったという事もあって、原付やアパート、引っ越しなど全て会社が手配してくれました。今考えると、かなりの好待遇で会社は土浦に送り出してくれました。ちなみに原付は東京に戻ってきた後もそのまま僕のものになりました。

原付の通勤は、最初こそ不安でしたが、慣れてくると楽しいもので、また快適でもありました。そして通勤だけでなく、どこに行くにも原付で移動し、原付生活を楽しんでいました。まあ楽しみ過ぎて、転んでしまったり、信号無視で捕まったのも、今となってはいい思い出!?です。

そんな楽しい土浦生活から本社に戻り、東京での生活がまたスタートしたのですが、そこから半年後にバンコクへ移住することになりました。1年ぶりの東京の生活はやっぱり地方での生活と異なり、華やかで楽しかったのですが、何となく息苦しかったのを覚えています。また本社に戻ったことでの色々なストレスもありました。そこで偶然今の会社の求人を見て、これだ!と思ったのでした。迷わず会社の説明会へ応募し、話を聞き、この時点でバンコクに住む気100%でした。採用面接も受かり、元の会社に退職の意思を告げ、引継ぎをし、晴れてバンコクに向かうのでした。

バンコクに住もうと思った経緯はそんな感じですが、5年前の東日本大震災が多少僕に影響を与えているといってもいいです。というのは、あの時に、

「こういう大きな地震で何もかも失ってしまったりするんだから、生きているうちにやりたいことをやろう」

と思いました。やらない後悔よりやって失敗する後悔の方がいいなって思ったんです。まあその前から基本的に自由に生きているので、大幅に考え方が変わったわけではないのですが、余計にその気持ちが強くなったのは間違いないです。
そして、今、僕はバンコクに住んでいます。お陰様で毎日楽しいです。給料は日本で働いていた時の何分の一かに減っていますが、日本で住んでいた時よりも晴れやかに、自由に生活しています。それに金銭的に困ることもないです。むしろ貯金すら出来ています。

話は戻り、福岡旅行の中止はとても残念ですが、まあまたいつでも日本には行けるし、それよりも早く熊本を中心とした九州全域が、観光客を迎えられるような状態に戻ることを願っています。僕たちも九州に行く時には、たくさんいろんなものを食べたり、買ったりして、少しでも貢献したいと思います。

頑張れ熊本!頑張れ九州!

それではまたまた。

 

きーきあっ

きーきあっ

美味しいもの、一人旅、野球、サッカー、数少ない友達、タイ人嫁、 それさえあれば生きていけます。

広告

スポンサードリンク

2017年12月
« 11月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031